人生を豊かにするために辞めたこと
Published at 2025-03-05
惰性的な飲酒
新型コロナウイルスの世界的な流行で、仮想的なコミュニケーションを余儀なくされた。その結果として飲み会が著しく減った。なんとなく晩酌して日々を過ごしていたが、これをきっかけに酒を飲む意味を思い直し、飲まないことを試してみたところ「飲まなくても問題ない」ことを悟り、以来ほとんど酒を飲まなくなった。
アルコールが肝臓に与える負荷が大きいのはもちろんのこと、アルコールの摂取量と肝臓の分解能力に応じて睡眠の質や次の日のパフォーマンスにも影響する。自ずと油分や塩分を摂る機会が少なくなるので体重が減り、一番の収穫として二日酔いに悩まされなくなった。
人間関係の惰性的な維持
知人に限らず親族を含めて、自分に悪影響を及ぼす人間関係を惰性で維持しない。人間関係は自分とその人の相互的な振る舞いで変化するので、その努力を全くしないことを直接意味するわけではない。しかし、人生という限られた時間の中でどこまで調整すべきかという ROI を踏まえた線引は存在する。
義務教育で学ぶことの1つに社会性がある。家族という輪だけに属していた生活とは打って変わって、学校という環境で大勢の他人と協生するのかを学ぶことになる。この「我慢できる範囲」は様々な経験を通じて培った価値観に依存するが、価値観が強固になるほど感じる摩擦は大きくなる。
経済活動の我慢
欲しいモノやコトを買うときの我慢が減った。もちろん必要性を吟味するし乱雑に使うという意味ではいが、迷ったときに「買う」に倒すことが多くなった。昔と比べて経済的な余裕があると同時に、人生の残り時間は減り続けている現実を受けた価値観の変化である。
誰かが「一度欲しいと思ったモノは、ずっと欲しい」という至言を残しているが、これは大半の場合に該当する実感がある。また「やらない後悔より、やった後悔」という言葉もあるように、経済活動による充足感は積極的に挑戦する。共有経済の現代では、後悔するリスクも小さくしやすい。
他者を価値基準にした行動
嫌われる勇気で繰り返し言及されている重要な点で、他者からの評価を軸に生きることは、他者との比較を生む。典型的な例が承認欲求で、SNS は承認欲求を増幅する装置であり、それをビジネスにしている会社の葛藤を描いているのが監視資本主義だ。